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 和光大学A棟816号室を根城にさまざまな活動を展開する山本ひろ子研究室。学内のはみ出し者、山伏、学外から勉強しにきた外人と様々な人種で構成され、いまや一種のアジール(聖域)と化している。毎週一回のゼミの後、夜会と称して山本先生を囲んだ懇談会を開催しており、そこに連れ込まれていつの間にか一員となった者も数多い。ゼミとは別に、有志による勉強会も随時開いている。また学外の学びの場である成城寺小屋講座にも主体的にゼミのメンバーは関わっている。長野県蓼科の山荘や、高知県物部町の「和光大学ものべ荘」、そして鶴川の「岡上ハウス」などの拠点を持ち、日々勉強に邁進する。本HPはそんな山本研の活動の一端を発信すべく2011年5月にリニューアルした。

物部FW「いざなぎ流」体験記 二年 中田雪野


◆厳粛さと高揚感―舞神楽実習
 
私にとって初めての物部フィールドワーク。実習ではグリーンツーリムといざなぎ流舞神楽を体験した。
指導してくださるのは、小松幹宏太夫、「いざなぎ流神楽保存会」の半田琴美さんと半田敏張さん(ご夫婦ではない)、そして舞神楽を勉強中の佐竹理恵さんである。
まず扇と錫杖を手元に置き正座して拝礼。自然と厳粛な心持ちになる。拝礼が済むと、半田琴美さんの唱える言葉に合わせ、ゆっくりと弧を描くように扇を左右に動かし、これから舞を奉納する事を神様に報告する。皆も緊張感を持った表情で半田さんの動きを追っていた。

山猫シェフの物部夜会奮闘記〜リベンジ編〜 四年 日野原明久


私にとって2回目の物部FW。昨年は鰹のたたきやゲストの方の創作料理に見せ場を奪われ、私の料理は完全に陰に隠れてしまった。今年はそんな失敗はしたくない。「山猫亭」のシェフの名に相応しいものを作ろうと、メニューを決める段階からかなり気合を入れた。
 

はじめての物部で体験したこと。 一年 塩田悠玄


体験に勝る勉強はない。それが僕の物部でのフィールドワークだった。
 

新・野川日記� 南下日録〜大阪から新宮へ



◇旅のはじまり〜車窓の幻景
 「八月は野伏せ山伏せ多かりき帝釈天星宝庫(ほくら)を開け」。「ふつふつと死界の音ら耳に鳴るこの物の怪のはらふ術(すべ)なく」。

八月の声を聞くと、ひらいてみたくなるのが村上一郎の歌集だ。またカレンダーの数字群から、中上健次の命日8月12日が、つと立ち上がってこちらへ歩いてくるときがある。今年がそうだった。


『枯木灘』にみる「口語的なものの力」


山本ひろ子先生の前期の授業「近代日本の課題」は、中上健次がテーマでした。受講学生のレポートの一つを紹介します。


いざ、土佐・物部へ(2)〜準備会奮闘記


 いよいよあと数日で土佐・物部フィールドワークだ。この記事がアップされる頃に、ぼくたちは土佐の山中にいる。今回は、おおわらわで準備に明け暮れた”奮闘”?の様子をちょっとだけ紹介することにしよう。


新・野川日記③ 出雲・霊山寺のお薬師さん



 2010年3月に、安来の名刹・清水寺で中世の摩多羅神の木像が発見された―。飛び込んだこのニュースにつき動かされて私の出雲の摩多羅神への旅が始まり、はからずもたて続けに論考を執筆することになった。*註1 この平成に目覚めた摩多羅神のご縁で、清水寺の貫主・清水谷善圭さんとは親しくお付き合いをさせていただいている。先日貫主さんとお会いした折に、出雲の霊山寺の話を伺った。 
 出雲大社近郊でもっとも古くから開けた「遥堪」と呼ばれる地区に、大きな薬師像を三体お祀りする鰐淵寺末寺の不老山霊山寺がある。無住だったこの寺を貫主さんがこの4月から護持する事となり、毎月8日に護摩を焚いているのだが、御本尊の薬師像の由来は不明とのこと。それを聞いた私は、昔書いた叡山の薬師信仰に関する論考を思い出し*註2、お役に立つかどうか自信がなかったが、お送りした。するとすぐに貫主さんからお手紙が届いた……。



特別企画――物部・いざなぎ流関連小論 その2

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 今回ご紹介する論考は、2000年刊行の『太陽』(平凡社)四国八十八ヵ所巡礼の旅の特集号に収録された一編です。スピリチュアルブームの昨今、巡礼の旅も10年前とは様変わりしました。民間信仰いざなぎ流を伝える土地・物部を、かつての「巡礼」というフィルターを通してみたら何が見えてくるのか……。現在ゼミで格闘中の柳田國男『毛坊主考』の内容とも関わってくる漂泊の宗教者たちが、これから行く物部の地を往来していたと思うと、より一層想像力を掻き立てられます。では、皆さんもご一緒に巡礼の旅へ。

特別企画――物部・いざなぎ流関連小論 その1

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 山本ひろ子研究室では長年、高知県・物部でのフィールドワークを重ねてきました。鬱蒼とした木々の緑も美しいこの土地には、民間信仰・いざなぎ流が伝承されていることでも知られています。今年も7月下旬に物部を訪ねますが、それに先立ち「論考を読む」の特別企画として、山本ひろ子先生のいざなぎ流や物部に関する小論をご紹介してゆきます。

新・野川日記� 焼け跡の詩想


新・野川日記� 焼け跡の詩想 6月23日 山本ひろ子

 大正12年9月1日に発生した関東大震災を折口信夫が知ったのは、沖縄採訪旅行の帰路だった。翌日、神戸から「最初の救護船に乗り」、3日に横浜港に着くと下谷の自宅へと向かう。「道々酸鼻な、残虐な色色の姿を見る目を掩ふ間がなかった。歩きとほして、品川から芝橋へかゝったのが黄昏で、其からは焼け野だ。自警団の咎めが厳重で、人間の凄まじさ・浅ましさを痛感した。此気持ちは三ヶ月や半年、元通りにならなかった」。
 ほどなく東京から逃れるようにして、折口は神戸の兄の宅に身を寄せる。ある日、海岸通りを歩いているとき、次の詩句が「殆ど何の予期もなく浮かんで来た」

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山本ひろ子先生のプロフィール 山本ひろ子
日本宗教思想史専攻。70年代に生まれた「寺小屋教室」にて、原典購読を中心とした活動を続ける。
山本ひろ子研究室とは? 山本ひろ子
和光大学A棟816号室を根城にさまざまな活動を展開する山本ひろ子研究室。
先生の著作紹介 山本ひろ子
山本ひろ子先生の著作をご紹介します。

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