山本ひろ子先生 | office_hiroko

office_hiroko

 和光大学A棟816号室を根城にさまざまな活動を展開する山本ひろ子研究室。学内のはみ出し者、山伏、学外から勉強しにきた外人と様々な人種で構成され、いまや一種のアジール(聖域)と化している。毎週一回のゼミの後、夜会と称して山本先生を囲んだ懇談会を開催しており、そこに連れ込まれていつの間にか一員となった者も数多い。ゼミとは別に、有志による勉強会も随時開いている。また学外の学びの場である成城寺小屋講座にも主体的にゼミのメンバーは関わっている。長野県蓼科の山荘や、高知県物部町の「和光大学ものべ荘」、そして鶴川の「岡上ハウス」などの拠点を持ち、日々勉強に邁進する。本HPはそんな山本研の活動の一端を発信すべく2011年5月にリニューアルした。

特別企画――物部・いざなぎ流関連小論 その1

唐金流しのコピー.jpg
 山本ひろ子研究室では長年、高知県・物部でのフィールドワークを重ねてきました。鬱蒼とした木々の緑も美しいこの土地には、民間信仰・いざなぎ流が伝承されていることでも知られています。今年も7月下旬に物部を訪ねますが、それに先立ち「論考を読む」の特別企画として、山本ひろ子先生のいざなぎ流や物部に関する小論をご紹介してゆきます。

新・野川日記� 焼け跡の詩想


新・野川日記� 焼け跡の詩想 6月23日 山本ひろ子

 大正12年9月1日に発生した関東大震災を折口信夫が知ったのは、沖縄採訪旅行の帰路だった。翌日、神戸から「最初の救護船に乗り」、3日に横浜港に着くと下谷の自宅へと向かう。「道々酸鼻な、残虐な色色の姿を見る目を掩ふ間がなかった。歩きとほして、品川から芝橋へかゝったのが黄昏で、其からは焼け野だ。自警団の咎めが厳重で、人間の凄まじさ・浅ましさを痛感した。此気持ちは三ヶ月や半年、元通りにならなかった」。
 ほどなく東京から逃れるようにして、折口は神戸の兄の宅に身を寄せる。ある日、海岸通りを歩いているとき、次の詩句が「殆ど何の予期もなく浮かんで来た」


新・野川日記 〔鄒遒凌絽擦


新・野川日記 〔鄒遒凌絽擦悄 5月29日  山本ひろ子

 総合文化学科サイトに時折寄稿していた「野川日記」は、古井由吉の小説『野川』に始まった。「新・野川日記」は、文字通り「野川」から綴ってゆくことにしようか。ただし紹介するのは戦前の野川で、案内人は「喜多見村」(現成城)の丘の上に住んでいた柳田國男(「野中の清水」)である。


論考を読む

DSC_0605.jpg
山本ひろ子先生の執筆された論考を読むことができます。



先生の著作紹介

著書紹介 3.jpg
山本ひろ子先生の著作をご紹介します。


「自著を語る―『変成譜』 (1993、春秋社刊)」

『フォークロア』1994年3月号より
 
  『変成譜』の装幀は、戸田ツトムさん(と岡孝治さん)である。編集担当の前々からの狙いだったが、「貴方のこの本は戸田さんしかいない」との、畏友のエディター・二宮隆洋氏の助言が決め手となった。

山本ひろ子先生のプロフィール

先生.jpg

2011年度講義内容(シラバス)

シラバス.jpg 山本ひろ子先生の和光大学における2011年度講義内容(シラバス)についてご案内致します。
続きを読む >>

<< | 2/2PAGES |

COLUMN
これまでの記事

山本ひろ子先生のプロフィール 山本ひろ子
日本宗教思想史専攻。70年代に生まれた「寺小屋教室」にて、原典購読を中心とした活動を続ける。
山本ひろ子研究室とは? 山本ひろ子
和光大学A棟816号室を根城にさまざまな活動を展開する山本ひろ子研究室。
先生の著作紹介 山本ひろ子
山本ひろ子先生の著作をご紹介します。

new entries

archives

categories



Copyright (c) 2000-2011 Hiroko Yamamoto All Rights Reserved.