テキストの深層を遊ぶ―“被差別・芸能組”蓼科合宿レポート(後編) | office_hiroko

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 和光大学A棟816号室を根城にさまざまな活動を展開する山本ひろ子研究室。学内のはみ出し者、山伏、学外から勉強しにきた外人と様々な人種で構成され、いまや一種のアジール(聖域)と化している。毎週一回のゼミの後、夜会と称して山本先生を囲んだ懇談会を開催しており、そこに連れ込まれていつの間にか一員となった者も数多い。ゼミとは別に、有志による勉強会も随時開いている。また学外の学びの場である成城寺小屋講座にも主体的にゼミのメンバーは関わっている。長野県蓼科の山荘や、高知県物部町の「和光大学ものべ荘」、そして鶴川の「岡上ハウス」などの拠点を持ち、日々勉強に邁進する。本HPはそんな山本研の活動の一端を発信すべく2011年5月にリニューアルした。

テキストの深層を遊ぶ―“被差別・芸能組”蓼科合宿レポート(後編)


◆念願の『旧記』購読
 合宿二日目、ここからは「成城寺小屋講座」でおなじみの本田女史と、常連さん・長島節五氏が合流し、いよいよ本格的な研究報告会である。
 ハナを切るのは「山組」の高橋。被差別・芸能組の合宿にもかかわらず、いきなり山組による殴り込み発表だ。タイトルは「シシマツリと諏訪の祓」。多数の文献を駆使した堂々たる発表で、「何、もどきがしゃしゃり出て」くらいに思っていた僕たちを圧倒した。こういうせめぎあいがあるからこそ場が活性化し、報告会がよりスリリングなものになってくる。
 
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お昼ご飯はハヤシライス。もちろん自炊です。

 午後からは石埜先生のミニ報告。石埜先生が被差別・芸能組の発足に是非ともエールをと熱い情熱を受けて実現したものだ。タイトルは「御舟祭の人形焚き上げ祭事〜諏訪に神人はいたのか?」。特異な信仰共同体と職掌の形態を持ち、いわゆる「被差別民」がいないと思われていた諏訪の地に、差別の問題がどう介入しうるか……なかなか興味深いテーマである。この問題を、御舟祭りで「御舟」を先導する御輿を担ぐ「白丁」の人々に注目して論を進めていた。

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石埜先生ご報告の模様。PCを使ったスライド上映。

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階上から勉強会の会場を臨む。

勉強会風景。あれ、ひとりだけ眠そうな人が…。

 続いてこの日のメイン、山本先生による『年内神事次第旧記』の原典購読である。『旧記』は諏訪大社上社の神事を神長官が書き留めた、諏訪で行なわれた祭祀の古態を知る事ができるたいへん重要な資料。これを『諏訪大明神画詞』と対照し、補いながら読み進んでいく。中世の神原(ごうばら=今の前宮にあたる)にある「御室(みむろ)」にて行なわれる最重要な神事について、山本先生は「蛇」や「御正体」が御室に“入る”ことに注目し、その“入る”ものをどのような人々が作り運んだのか? ということ、またそれと関連した芸能(廿番舞)にも注目しながら論を進められた。これまで誰も発想しなかった郷村の祭りとの関係の中に神事を位置づけ、より視覚的に、儀礼的に、新しい「御室神事」の姿がひらかれていく――その過程を目の当たりにしたのだった。
 高度な内容をもつ報告にみなみな唸りながら、この日の行程は終了……と思いきや、御三家による喧々諤々の議論はやむことがなく、夜会でも御室神事をめぐる話で大いに盛り上がったのであった。

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“諏訪御三家”。シブいです。

◆被差別組の初舞台
 三日目はゼミ生による報告発表三本立て。午前中は得田による「供儀・生贄 柳田國男と西郷信綱からみたその周辺」。日本の供犠論に巨大な足跡を残した先人の思考を丹念に追うことで何が見えてくるだろうか、という関心からこの発表を行った。この記事を書いているワタクシ不肖得田、一ヶ月のあいだ目一杯に勉強した成果を出す晴れの舞台。多少早口だったという指摘を受けてしょげつつも、山本先生から今後の指針を頂いてひとまず一安心。
 お次は鈴木の「天白神について」。「優等生的で発表が面白くない」との山本先生のコメントにリベンジする意気込み十分の鈴木。

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“優等生”鈴木の報告。ゲストも聞き入っているのがわかります。

上町の「遠山霜月祭り」で使用される詞章に注目し、湯立てを中心とした祭りの流れの中で天白という神がどのように働いているのかを明らかにしようとした。連日の徹夜の成果もあってそれなりの達成感はあったようだ。が、しかし。伏兵がこの後に待ち構えていた。
 最後はゼミ長・宮嶋の「古戸田楽の翁詞章を読む その2」。古戸田楽の詞章の中に現れた白い翁と黒い翁の世界を対象しながら斬新かつ魅力的な「翁」の姿を表現した。

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宮嶋の報告資料。乾武俊先生の『黒い翁』は彼いわく“バイブル”とのこと。

さらに、師匠の山本先生の「花祭り作品論」の視点を受け継ごうとし、大神楽と花祭りと古戸田楽との相互交渉を捉えることで得られる新しい指摘がなされた。山本先生の評価も高い報告であり、対抗馬の鈴木曰く、「してやられた」とのこと。

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“ゼミ長”宮嶋の報告。場数を踏んでいる為か堂々としたもの。

 今回のメインの報告を終え、ここで諏訪御三家はお帰りになる。場は三度目の夜会へ。ゲストの長島節五氏(今月、山本先生の授業でもたたら製鉄について語って頂いた)が作成した「たたら製鉄」のDVDを鑑賞しつつ、その日の発表報告の話題で盛り上がった。

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連日の夜会を得意な料理で乗り切った“隊長”矢田の赤ら顔。良い表情しています。

 最終日を迎え、合宿のトリを務めるのは料理隊長・矢田。乾武俊先生の論考「被差別部落伝承文化序論(一)」のレジュメ報告を行なった。大阪にある南王子村という被差別部落に残る「盆踊り」の習俗を、泉大津の大津踊りと比較することによりその古形を探る論文。これ以降の矢田の被差別部落研究に一つの方法論として参考になる見方を得ることができたと思う。この日のために矢田の指導にあたった鈴木は合宿の間、朝の6時までつき合ったということ(お疲れ様です)。その甲斐もあってそこそこ長めの論考をかなり整理して提出することに成功したようだ。

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矢田の報告。指南役の鈴木が傍らで見守る。

 これにて今回の被差別・芸能組蓼科合宿は全行程を終えた。後日行なわれた「反省会」で学生達が共通して挙げていたのは、今回勉強面で非常に充実していた合宿であったこと。参加者が当初の見込みより増えたため、合宿の規模の拡大に伴い事前の予習時間をとるといった試みは残然ながらできなかったものの、短い時間で準備してまとまった内容の報告を果たせたことは各人今後につながる財産になることであろう。被差別・芸能組では来年3月頃にも再び勉強合宿を予定している。その際にはその模様をまたレポートすることを約束して、今回の合宿報告を終えたい。〔文・得田授〕

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山本ひろ子先生のプロフィール 山本ひろ子
日本宗教思想史専攻。70年代に生まれた「寺小屋教室」にて、原典購読を中心とした活動を続ける。
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