新・野川日記 荒神たちの棲む谷へ―比婆荒神神楽交遊 | office_hiroko

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 和光大学A棟816号室を根城にさまざまな活動を展開する山本ひろ子研究室。学内のはみ出し者、山伏、学外から勉強しにきた外人と様々な人種で構成され、いまや一種のアジール(聖域)と化している。毎週一回のゼミの後、夜会と称して山本先生を囲んだ懇談会を開催しており、そこに連れ込まれていつの間にか一員となった者も数多い。ゼミとは別に、有志による勉強会も随時開いている。また学外の学びの場である成城寺小屋講座にも主体的にゼミのメンバーは関わっている。長野県蓼科の山荘や、高知県物部町の「和光大学ものべ荘」、そして鶴川の「岡上ハウス」などの拠点を持ち、日々勉強に邁進する。本HPはそんな山本研の活動の一端を発信すべく2011年5月にリニューアルした。

新・野川日記 荒神たちの棲む谷へ―比婆荒神神楽交遊


いそがしさにかまけ、野川日記をさぼっているうちに、いつしか神楽のシーズンを迎えた。10月末、摩多羅神についての私の新稿(「我らいかなる縁ありて 今この神に仕ふらん」)を収録した『日光―その歴史と宗教』*註1が刊行、何人かの方にお届けする。その一人が、比婆荒神神楽の伝承地・庄原市東城町に住む高柴順紀さんだ。通称は”森の人”*註2
 
 「『日光』有り難うございました」とおとなしやかに始まるのはみせかけで、すぐにひねりの利いた挑発的な言辞となるのが、いつもながら楽しい。

神遊び 静かに目覚める 神々の
邪魔す龍女と くされ縁
浄めたまえ 祓えたまえ

「我らいかなる縁ありし…」
「なーに、くされ縁じゃがの。」

「ところで秘仏中の秘仏を明らかにすることへの自問、ありやなしや。」
「いえいえ学者の、龍女の性でござります。」
「秘すれば…なんとかでしたね」
「…………」


 森の人は、私にとって最高の読者の一人だ。(もっとも御本人は、読者ではなく「毒者」と自嘲、いや自負している。) 本業は菊の栽培で「ワシは百姓じゃけん」と言い立てているが、なんのなんの、庄原市文化財保護審議会の委員で比婆の信仰・歴史に深く通暁しており、古文書も読みこなし、研究室界隈ではつとに有名な、名文の書き手でもある*註3。もう15年も前になろうか。はじめて見学した森地区の荒神大神楽で知り合って以来、「毒者」・「龍女」の(くされ)縁が続いている。森の人は、比婆の地への飛び切りの案内人、いや私にとって荒神組の組長というところか。

 東城町西城町の、荒神さんの棲む谷々の集落で式年に行なわれる比婆荒神神楽は、神懸りを含めた古層の神舞の姿を今に伝え、私を魅了し続けている。これまでにお隣りの備中神楽を含めると、10回ほど見学したろうか。2004年に見学した御室大神楽(私が責任編集の『祭礼』*註4に紹介)は、33年目の式年で昔と同じ当屋さんで行なわれた。鬼気迫る神懸りの舞、大雨のため室内で演じられた「龍押し」……。鮮烈な記憶がまざまざと甦る。
 今回の岡田大神楽も33年前と同じ当屋さんの屋敷が舞台だ。荒神さんを紐帯とする「名」(みょう)の結束の強さと伝承の力に思いを馳せないわけにはゆかない。

 神楽終了後は、高柴さんのお宅で休憩させていただくのだが、お手紙によれば、どうやら森の人主催のセミナーが行なわれるらしい。あらかじめ二つの課題を私共に投げかけて、てぐすね引いて待っているのだ。(ゼミ生諸君、心せよ。この間の勉強の成果が問われます!)

 学生さんには「名」と「小神」の実際ぐらいは説明できるかな、と思っています。同時に「地祭り」と関連があると思う「弓神楽」のテープで祭文を聞いてもらおうかなと思っていますので、専門家の意見をその場で述べて下さい。テープの人はあの田中重雄氏です。*註5
 祭文を詠む神楽の原型がそこにあるような気がするのです。大神楽の仕掛けとは全く違うので面白いと思いますが。見当はずれかなあ。
 この祭文を見ると五とか七文字で構成されていますし。かつては舞う広さも畳二畳だったと言われていましたし。狭い空間で棹の法者と巫女が演じる姿が彷彿できないかナー。昔の祭文に五七調のものはないのでしょうか。あればしめたもの、と思います。


 いやいや、二つ目もそれ以上に難題である。

 もう一つ。この度の比婆行脚では小当屋と大当屋の二重構造の意味を思索して下さい。小当屋では「神遊び」とくに土公神が主役のようでもありますが…。大当屋は言わずもがな、「龍押し問答」で答えが出てると龍女は述べられていますよね。小当屋の論考をお願いいたします。西城の大神楽では、そこでも神懸かりをやるのだから無視してはいけないと思います。

    
 神楽の中に二度設けられた神懸りの謎と意味は、神楽研究の大先達・岩田勝氏も早くに問題にしておられたっけ……。ということで宿題はさておき、久方ぶりに比婆へ出掛ける。比婆荒神神楽社長の横山邦和さんと社中のみなさん、東城・西城の各地区から参集される神主さん、只一人の「龍」作りの伝承者内藤翁……。うっそうたる森の茂みにひっそりと鎮座する荒神さんともども、なつかしい方々だ。


左/東城町森「鳶屋名」の本山三宝荒神像 右/「龍押し」の問答

  さて私共一行には、安来・清水寺の清水谷貫主さんが加わる。これまた考えてみれば、不思議なご縁か。面白いことに摩多羅さんと荒神さんには、ちょっとしたつながりがあるのだから(『異神』摩多羅神の章*註6。大震災の年の師走に奉納される比婆荒神大神楽――。巨大な「龍」と神懸りの舞に託された祈りの声々が、深い山間の谷から、もうここにまで届いている気がする。

*註
1 『日光 その歴史と宗教』菅原信海・田邊三郎助編、春秋社、2011.10
2 この通称にはいろんな意味合いが込められています。例えば『ナウシカ』の「森の人」、比婆山に潜むヒバゴン、そして高柴氏が東城町森にお住まいということなど。
3 ぜひ、高柴順紀「大神楽復興顛末記」(『祭礼』所収)をご一読いただきたい。
4 別冊『祭礼―神と人との饗宴』山本ひろ子編、酒寄進一写真、平凡社、2006.1
5 八幡神社宮司。著書に『備後神楽―甲奴郡・世羅郡を中心に―』
6 山本ひろ子著『異神』第二章、摩多羅神の姿態変換
写真/酒寄進一先生


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山本ひろ子先生のプロフィール 山本ひろ子
日本宗教思想史専攻。70年代に生まれた「寺小屋教室」にて、原典購読を中心とした活動を続ける。
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