新・野川日記⑤ 《うた状態》へ、あるいは《うた状態》から | office_hiroko

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 和光大学A棟816号室を根城にさまざまな活動を展開する山本ひろ子研究室。学内のはみ出し者、山伏、学外から勉強しにきた外人と様々な人種で構成され、いまや一種のアジール(聖域)と化している。毎週一回のゼミの後、夜会と称して山本先生を囲んだ懇談会を開催しており、そこに連れ込まれていつの間にか一員となった者も数多い。ゼミとは別に、有志による勉強会も随時開いている。また学外の学びの場である成城寺小屋講座にも主体的にゼミのメンバーは関わっている。長野県蓼科の山荘や、高知県物部町の「和光大学ものべ荘」、そして鶴川の「岡上ハウス」などの拠点を持ち、日々勉強に邁進する。本HPはそんな山本研の活動の一端を発信すべく2011年5月にリニューアルした。

新・野川日記⑤ 《うた状態》へ、あるいは《うた状態》から


◇「うたげの会」が発足
 80年代に「説経祭文研究会」という会があった。3.11を機に当時のメンバー何人かが集まり、「説経祭文研究会」の復活と新展開を期して、“3.11以後の歌と語りを考える”「うたげの会」を立ち上げた。発起人は兵藤裕己さん(国文学)、川田順造さん(人類学)、藤井貞和さん(国文学・詩人)、佐々木幹朗さん(詩人)、赤坂憲雄さん(民俗学)、樋口良澄さん(編集者)、そして私の7人だ。
夏前に同窓会も兼ねて第1回の会合をもち、あれやこれやと相談。当面は発起人のもちまわりで企画することにし、第1回は兵藤さんの担当で10月2日の「琵琶物語と琵琶歌」と決まった。

琵琶湖物語07d07_ol[1].jpg
「琵琶物語と琵琶歌のうたげ」(クリックして下さい)
 
◇うた、うたた、うたて……
8月27日新宿の飲み屋。打ち合わせを兼ねた納涼会に、藤井さんは出たばかりの新著『うた-ゆくりなく夏姿するきみは去り(書肆山田)をもって現われた。この本、“短歌型詩群集”と銘打たれている。しかも活版印刷じゃないの。その執念に感服しつつ、羨望を禁じえない私である。ぱらぱらめくってみると、古いところでは、少年時代の歌作も入っている。あれ、これって? 冒頭の一文「うた」に見覚えがあった。それもそのはず、私が藤井さんに執筆を依頼した原稿だったからだ。

哲学の木.jpg 10年ほど前、『事典・哲学の木』(講談社、2002年刊)の編集委員(永井均、中島義道、小林康夫他)の1人として私は、主に日本と仏教・神道関係などの項目を担当した。この哲学辞典の謳い文句は、“賢い小学生にも分かる事典”。編集人の端くれながら、私にはいくつかの目論見があった。多くの哲学辞典は「愛」(アガペー・エロス)から始まるのに対し、サンスクリット第一音の「阿」から始めることなど。中沢新一さん執筆の「阿」は、思惑通り事典のトップを飾ったが、何といっても「哲学」は西欧の“専売特許”。西欧担当の哲学者のお歴々と楽しく喧嘩しながら、私にとってはなくてはならぬ項目を申請する。「愛」に対抗して「恋」を、「音楽」に吸収されてはならじと「音」(高橋悠治さん)を。「父」はないのに、「母」(彌永信美さん)を立てる、などなど。

そして最初から執筆者は藤井貞和と狙い定めて立てたのが「うた」だった。《うた状態》をキーワードにした、こんな卓抜な定義・表現は今までなかったし、おそらくこの後にもあるまいと、そのとき思ったものだ。その稿が『うた-ゆくりなく夏姿するきみは去り』のまえがき風に置かれているのは、なんとも嬉しい。本の身体をゆるぎなく支えているのだと確信する。

◇「まがつ火ノート」の顕夜へ

うた.jpg 藤井さんの手土産、いや爆裂弾は、『うた』の本だけではなかった。横2段組にびっしりと文字が居並ぶB4のペーパー1枚が配られる。表題は、「旋頭歌 まがつ火ノート」。5月27日の夜から28日朝にかけて、おそらく「うた状態」で綴ったにちがいない長大な旋頭歌で、詩歌のサイトに投稿した作品という。酔眼に飛び込んでくる言葉の波状攻撃と劇性に搏たれて、即座にこのサイトに掲載を決める。禍津日神(まがつひのかみ)、災厄の神は、今や「まがつ火」の前に姿を消した……。 

賜へつめたき言の葉の修羅青茅(かりやす)は秀(ほ)の焔もてわれらを隔つ

(塚本邦雄) 



「旋頭歌 まがつ火ノート」 藤井貞和

マイ・バック・ページ、背後に 広がる画面
見うしないながら、たしかに 捲(=めく)られていた

立ち上がるうたのかずかず、裂かれるノート
ひとひらをきみにささげて、声はなかった

太陽を盗む男の うた物語
にびひかりして、青い火がひらめいていた

あれは核爆発だった。いいえ ちいさな
でも烈火といえるぐらいの、ちいさな怒り

高濃度、それとも劣化、二つに分けて
選択肢。爆弾にする? 原電にする?

原発を燃やせば燃やすほど、ひとごろし
爆弾でイラクの兵を殺した、わたし

原電で燃やしたあとの 燃えかすならば
良心のバーを低くしさえするならば

原電を燃やしたあとの、燃えかすでなら
作ってはいけないとさえ思わなければ

どうもしやしない、こまった処理のためなら
タングステン弾頭よりも重たくってさ

トイレ無きマンションみたい、って言われてる
一室に っんこおしっこ。四十年間

ブルガリア ソフィア、花の胞子のわたげ
あしたには汚染の国へ 帰らねばならん

はるばると来て訴える、おのれへの鑿
打ちすえる脳天。さびしいわが Japanese

「不死そして出来事」=国際会議に立てば
さびしくも― のどに岩打つpresentation

くだかれて波間、汚染の土うずたかく
日本からやってきた灰のひとりか。わたし

思い出すひたごころ、わがまぼろしの船
思い出せ。揺(ゆ)り出でよ わが第五福竜丸

まつろわぬ、と岩田うし。その長歌から
訴える、みやこ火消しともろともにして (岩田うし=岩田昌征氏)

まがつ火を消すと、人々 あまたうごめく
若きらの生殖遺伝子に危険が迫る

二十倍、ミリシーベルト きみのサティアン
基準値を引き上げる、わが文部科学省

花づなの海岸の国、縁取る廃炉
ついにそれ、活断層に身をまかせよう

柏崎、あらうみの底 断層がもし
きみたちは きみの愛する家族とともに

断層がもし 人身をもとめるならば
愛妻を、愛する夫(=つま)をささげられるか

もろともに倒れて、底におりかさなって
ちるちると ねずみのようになく、人柱

玄海を旅立つけむり、ひとひ過ぎれば
翌日の空を覆うか、韓国の空

韓国の子供を襲う、そして台湾
海流が沿岸をひたす。中国もまた

人住まぬチェルノブイリの雲、ただよって
子供らが故国をどこ、と知らないという

いつの日か― 夏目雅子のようにわたしが
復活する。その日まで涙のキャンディーズ

千年のさきへ約束― 我が子の子の子
しあわせを手と手ととって、かちとるまでは

しずまれよ、宝永火山。わたしとともに
南海の眠りをとわに ここにください

時満ちる。美智子陛下よ 翻訳があり
実作もあなたは書いていた 現代詩

どうしても樺美智子と かさなるけれど
人しれぬ微笑みがもし 真実ならば

日本国陛下 あなたが沖縄の地へ
早くからゆかれたことを評価するなら

願うのだ。われら、東京二十四区として
皇居地をとわに「福島特区」にせよと

高齢者 心のケアのためにいまこそ
地に這うか、天にうごくか。宮内庁病院

皇居地の青を、みどりを 被災の国へ
心ある陛下夫妻なら 分かち与えよ

天罰という暴言は― 反省したから
過ちを許せ。石原東京都知事

石原よ 陛下に奏上し、進言をせよ
皇居地を東京福島県のまんなかに

京都御所 一条内裏のあったあたりを
改装し、退去するのはいかがであろう

長かった歴史には 愚昧な天皇もいた
後鳥羽院のような 激しい 天皇もいた

英邁な天皇がいま求められるか
もし陛下 この建言を受け入れるなら

わが生のさなか まさかに見ることになる
英邁な天子が東京を去る。まぼろしか

菅直人内閣総理。沖縄の地を
見捨てようとしてきたあなたを 許せないけど

危機管理内閣としていま、なすべきをなし
東電や御用学者を抛(=ほう)れ 遠くへ

千年の子孫のために なせ。大政策を
かれらから感謝をされる大政策を

海抜の高きところに居住空間を
安全な教育施設を。たしかな避難路を

平安の御世を教えよ。歴史学者よ
平安の音をかなでよ。物語学者

貞観の大震災を わすれさせるな
その六年まえに富士山が噴火したことも

三万という数ではない。一人一人
一人一人 想像できるのか。詩人はいないのか

源氏物語? わが千年紀? わが千年忌!
発言をせよ。源氏物語研究者たち

歌人たち。声がどこでも、はりさける喉
はりさける 寒満月で海上を照らせ

五七五、俳句の友よ。喪にあらがって
安易なる喪をいう向きと、句もて たたかえ

時代から時代へ繋ぐ、携帯のメール
きょうはたおれたこいびとたちの叫びを

このときに柳田ならば、どうしたろうか
折口のこのときに何をしたろう。不覚

よどみなく岡野弘彦、声の澄み行く
若きらへ思いを繋ぐ、折口信夫会

平成のこどもを守る 思想の声が
ようやくに立ち上がるかもしれない、国家

先生が言っていたこと、口癖だった
山河あり国破れて、と先生方は

長い名だ。福島原発暴発阻止
行動隊応援隊 国家チームとして

三月の十一日の メルトダウンを
二ヶ月後、五月十四日に認めましたか

日本からバッドニューズが…… 一号機、あれは
炉心溶融でしたと、きみのブルガリア

三月の十三日の 河北新報
これは炉心溶融であると、新聞記事に

三号機の「臨界事故」を東電さんが
しぶしぶに認める時は 来るのかしらん

怒りもて 藤井先生、ついに倒れる
といううわさ 湧くときになお怒号 藤井が

混迷の私立大学。それもよし 五月
からはじまる二〇一一年を、いとしく思え

高放射能が校舎を襲う まぼろし
累々と、学生の衣類がうずたかく積む

花づなの海岸の国、した行く地震
石橋は見ていた。神戸、淡路原発  (石橋克彦氏)

引用し、思い起こせと、峠三吉を、
高木仁三郎うしの遺した ことば  (『原発事故はなぜくりかえすのか』岩波新書)

秋田県で測った、一九八六年の空
肥田先生 鎌仲さんのことばをいまへ  (『内部被曝の脅威』ちくま新書)

ふつふつと記事澄み通る、週刊金曜日
高木あり、石橋、鎌田、「必ず起きる」と
 
旋頭歌(せどうか)、577577です。
2011・5・27夜〜28朝




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山本ひろ子先生のプロフィール 山本ひろ子
日本宗教思想史専攻。70年代に生まれた「寺小屋教室」にて、原典購読を中心とした活動を続ける。
山本ひろ子研究室とは? 山本ひろ子
和光大学A棟816号室を根城にさまざまな活動を展開する山本ひろ子研究室。
先生の著作紹介 山本ひろ子
山本ひろ子先生の著作をご紹介します。

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